ぼんごさんと高校:電車

ぼんごさんと高校

腎炎を発症してから12年くらいか。
ぼんごはしれっと高校生になっていた。

謎の発作

腎炎の容態は落ち着いていて、このころには数か月に1度の頻度で腎内科に通えばよい生活が続いており、寛解は継続していて、腎臓に負担のかかる類の生活の激変のようなことは起こらず、は適度にぼんごと腎臓を守る程度に働いていて、比較的おだやかに高校生活はスタートしていった。

高校に入学してから秋くらいまでの間はとくに思い出すことがないらしい。
集団生活にはぼんごなりに慣れてきていたこともあり、普通に入学して普通に高校生活を過ごした。

1学期のテストはまあまあ良い方でいられたし、大好きな音楽に触れていられる部活動にも参加できたし、壁の中のぼんごを刺激する人達に出くわすこともなく、よく学生生活をこなしていたらしい。

のだが、謎の発作は突然にやってきたのだった。

夏休みが終わって空が高くなってくるころになると、発作がさらに何度かやってきて、あきらかに回数が増えてくるようになった。

発作はいつも通学の電車の中で起こった。
電車の中で調子が悪くなり、そのまま、学校へは行かずに家に戻ることが何度も起きて、学校を欠席することが度々起こった。

もともと乗り物酔いをするほうではあったが、電車に乗る時間はせいぜい15分あるかないかで、激しく動くわけでもないし、この不調は酔うという印象とは別のものだった。

電車が嫌

高校生活をよくこなしていたとはいえ、新しい環境での集団生活はぼんごの身体に緊張感をもたらして、気づかないうちに重荷となって気持ちを圧迫していた部分もあるようだ。

一緒に学校に通ってくれる友達がいて、発作にならなければ学校まで普通に通学するのだが、発作が起きると友達に謝って、自分はここで降りて少し休む、と途中の駅でホームに降りて、この不調が去ってゆくのをただひたすら耐える時間を過ごすのだった。一緒に通ってくれる友達に自分の介抱をさせるのも申し訳なく、自分のために友達に迷惑をかけることは避けたいことでもあり、ぼんごはひとりでこの不調と向き合うのが常だった。

電車には同じ学校の生徒がそれなりに乗っていて、隣のクラスの子どもとか先輩とかがおり、ぼんごはそういう人たちに、自分が不調で途中下車する姿を見られるのが嫌だった。たぶん、学校で噂をするだろう。ぼんごってやつがよく電車を降りて学校をさぼる。何か普通じゃない状態によくなるらしい。

そんなこと言ったか言わないかわからないが、ぼんごの中ではそんな気分だった。
それで気持ちの面でも鬱々としてきて、友達にも心配させたし変な噂が広がってしまっているのだろうなと、ネガティブな心情を心のなかで鳴らす時間がそれなりに増えた。

秋になって、英語の先生に声をかけられた。
曰く、夏まではちゃんと来ていたのに、秋になってからどうした。学校に来られないのか。

来られないのだ。
発作が起こると学校に行けない。

発作が起こるのは決まって電車で、電車に乗る前は普通でも、ひとたび発作が起きると立っているのもやっとで、途中下車して椅子に座って休んでいるほかなく、そうなってしまうとこの謎の発作の原因も気になってきて落ち着かず、とてもじゃないが学校へ行って頑張る方向に気持ちを立て直す余裕は無く、なんでこんなことになっているのだろうと得体のしれない不安を抱えこんで、悲しい気持ちになって家に帰って休み、いつものようにをすーすーして、身体が普通に戻るのを祈るしかなかった。

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