6年生の一年間は幸いなことに入院をせずに済んだ。
小学校最後の年に、はじめて年間を通して学校生活に取り組むことができたのだった。
ぼんご立つ
体調が良い時間が続いていて、活動的になることも増えた。
春夏秋冬の学校行事に参加したり、塾に行ったり友達と遊んだり、普通の生活の断片を体験する機会も増えてきていた。
気になる男子もいたし、小学校の思い出のようなこともできた。
しかしやっぱり体育だけは見学で、ぼんごさんはその日も体育館の壁に寄りかかってぼーっとみんなを眺めていた。
色のついた丸い物体が行ったりきたり、意味のないボールの運動が視界にあった。
相変わらず狂騒はガラスの向こうのように小さく聞こえた。
そんなぼんごさんを不憫に思ったのか、担任の先生はぼんごさんに、一緒にやってみたらと声をかけた。
いつもだったら体調を考えて参加を断るところだったが、この時のぼんごさん、最近の身体の調子のよさを実感していたこともあり、ちょっとやってみようかしらという気になった。
そして、ぼんごさんは制限の壁を越えて、コートに立った。
はじめてのバスケットボール
コートに立ったぼんごさん、いま行われている競技がバスケットボールだということは理解していた。
バスケットボールのゴールが体育館にあって、あれにボールを入れればいいということも知っていた。
いつも眺める景色の一部でしかなかった狂騒のなかに混じりこんで、ぼんごさんは確かに体育の授業に参加した。
はじめてバスケットボールに参加した。生まれて初めて、球技というものに参加した瞬間だった。
どたどたと走る足音、忙しく走り回るクラスメイト達、パスを呼ぶ声、ドムドムと床を打つボールの音、振動。
ぼんごさんの鼓動も跳ねた。
「ぼんご!」
振り向くと、仲間のひとりからパスがやってきた。
ぼんごさんはそれを大事そうに抱え込んだ。
やった、とれた!できた!
そして、大事そうに捕まえたそれをすぐに、仲間に投げ返した。
しばらくどたどたと動き回って、またパスをもらった。
そして、またすぐに仲間にそれを投げ返した。
何度かそんなことを繰り返した。
ぼんごさん、もらったボールを投げ返すことしかできなかった。
そもそも、バスケットのルールをよく知らなかった。
だってそのころまだスラムダンク読んでなかったもん、ということらしい。
ドリブルのしかたもわからない。どう動けばいいのかわからない。なにがピンチでなにがチャンスかわからない。
自分が思い描いていたように身体を動かすことができない。
どうしたらいいかわからない。想像とかなり違う印象があった。
目の前に相手チームの子がドリブルをしてきて、術もなくぼんごさんはあっさりと抜かれた。
抜かれたことの意味も曖昧で、へらへらと作り笑いをして過ごした。
ぼんごさん、すたすたと華麗にドリブルをして進む相手選手の背中をみつめた。
ゴールの下で、器用にボールをゴールに投げ込む姿を眺めていた。
ああ、点とられちゃったね!
ぼんごさん、何ならちょっと楽しかった。
初めてこれに参加できたことを喜んですらいた。
そうして、一生懸命バスケットボールに参加した。
ボールを投げ返し、すぐ抜かれ、抜かれたら笑ってやり過ごした。
だんだん点差がひらいた。
ぼんごチームは傾いていった。
それに気づいたチームメイト、ぼんごさんの奮闘っぷりにやきもきし始めた。
とくに、ミニバスをやっていて活発な子はキツい目をして怒った。その子は大人びていてクラスでも人気の子だった。
「ぼんごがまじめにやってない!」
「ぼんごがふざけてる!」
「先生!」
「ぼんご、ちゃんとやって!」
そんなようなことを狂騒の中で聞いたような気がする。
ひーひー言いながら、どたどたと走り回りながら。怒られているのか。
返事をしている余裕はなかった。ぼんごさんは、緊張や運動やらで疲れていた。
なかなかに、このぼんごさんの「疲れ」、外見上とくに変化のない腎臓の悪さは、周囲の人たちにはわからなかった。真面目なぼんごさんは、彼女なりに結構一生懸命やっていたはずだ。
手紙
翌日、ぼんごさんが学校に行くと、なにか空気がいつもと違う。
女子たちがよそよそしい。
「おはよう」
といつもの調子で話したけれど、返事はなかった。
どうしたのかな、とちょっと不思議に思ったけど普通に授業をうけた。
数時間して。
ぼんごさんに手紙が届いた。女子がノートの切れ端を折って作るやつ。
ぼんごさんはそれを開いた。
そこには、昨日のバスケットボールのことが書かれていた。
昨日のあの態度はなに、何様のつもり。
あんたがまじめにやらなかったせいで私のチームは負けた。
あんたは全くバスケットボールのことがわかってない。
あんたは全然チームワークがなってない。あんたは最低だ、あんたはうんたらかんたらでXXXXで○○○○で▲▲▲▲で、とにかくだめた!
あんたはクラスメイト失格、みんなで無視します。
みたいなことが呪詛のように書き連ねられていた。
はじめ、意味が分からなかった。
これは、悪口のように読めるけど。
ぼんごさんは息をひそめて静かに手紙を読み進めた。
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