5年生のころのこと。
いつものようにぼんごさんは入院を終えて病院から家に戻った。
家に戻っても、すぐに学校に通えるわけではなかった。
容態が安定するのを確認するために2週から4週は家にいて様子を見る必要があったのだ。
しんとした家
布団はぼんごさんのホームタウンのようなもの。
寝転んで布をすーすーしていればそこには変わらない安心があった。
その日も、朝ご飯をたべたあとは、お母さんから言われた通り布団で横になって寝て過ごした。
ちょっと眠ったり、布を吸ったり、テレビで教育チャンネルを見たり、布を顔に巻き付けたり、本を読んでみたり、布を手でいじいじしたりして過ごした。
お父さんもお母さんもお仕事に出かけた。
妹は普通に学校に行った。
ぼんごさんはひとり、誰もいない家で黙って過ごした。
病院ではいつも誰かがその辺にいる環境だけど、人が出払った我が家はしんとして、がらんとした部屋のどこかから、静けさを呼び込んでくるかのようだった。
寂しいのかと思いきや、ぼんごさんはその孤独を楽しんだらしい。
ひとりで自由に過ごせることのなんて気楽なことか!
学校に帰属意識がなかったぼんごさん、このつかの間の自由を思う存分楽しもうと、とりあえず布を吸いまくった。
飢え
そのうち空腹を覚えた。
5年生にもなれば、食べ物がどこに置いてあるのかは熟知している。
ぼんごさん、布団に布をしまって、我が物顔で台所に侵入した。
そしてお菓子のある棚を開いて、何か食べるものを物色し始めた。
どれどれ、と品定めをする間もなく、戸棚の中に未開封の「ぽたぽた焼き」一袋を見つけた。
一枚くらいいいよね、と、ぼんごさんは何かに遠慮しながらぽりぽりと煎餅をかじった。
入院明けのそんなに時間が経たないころのこと。
腎炎向けの味気ない病院食ばかり食べさせられていた口に、祝福の協奏曲が流れ出した。
甘い!かつ、しょっぱい!
なんだこの煎餅は!
ぼんごさんの中でお煎餅革命が起きた。
「うますぎる!」
ぼんごさんは口の中に広がる適度な噛み応えと、甘さと塩気のアンサンブルにうっとりした。
しんとした台所にばりぼりばりぼりと煎餅の砕ける音が鳴った。
2枚目から最後の1枚までは、記憶がない。
「キングクリムゾン!」(時間を飛ばすスタンドの攻撃)ってくらいに一瞬で全部いった。
ぼんごさんは大変に満足した。
あんな美味しい食べ物があるなんて、世の中けっこう悪くない。
ぼんごさんは我が家の中の我が家に戻って布にキスをして、また教育チャンネルを眺めはじめた。
そのうち夢の世界へ旅立った。
帰ってきて戸棚のお煎餅が無いことに気づいたのはお母さん。
口の周りに煎餅のかすをつけてすやすや寝る我が子をみつけて、怒る気にはなれなかった。
そのうちご飯の支度が始まって、しんとしたお家に賑やかさが灯ったのでした。
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