パニック障害(診断はまだまだ先のこと・・・)による体調不良について、この頃のぼんごは、自分の状態を周囲に説明することをすっかりあきらめてしまっていた。
何度説明しても先生には叱られるし、友達も次第に冷たい目線になってくるし、お母さんには何を言われるか怖くて説明する気になれないし、そういう理解を他人に期待する気持ちを失ってしまっていた。
学校にも家にも見えない敵がいるような気がして、いつも心が汗をかいていた。
そんなぼんごの心中を知るわけもなく、バイト先の友達はぼんごをすんなりと輪の中に入れた。
ギャル
バイト先でできた友達は、ぼんごの言葉で言えば、あほな友達だった。
世の中に「ギャル」が溢れかえっていた時代のこと、茶髪に短いスカートにルーズソックスの定番の姿を、友達もしていた。制服姿のまま作業着の代わりのエプロンを着けるだけで仕事に入れる、服装には寛容な職場だったみたい。
たくさん知り合ったギャルの友達は、その時が楽しければそれでいいじゃん、という刹那的な生き方をしていた、というか生活に勢いがあって、毎日を元気に遊びまくって過ごしているようだった。
よく話をして、バイトがない時にも遊ぶようになった。
ポケベルを鳴らしあって連絡をとった。
ギャルに混じってカラオケに行ったり、少し離れた繁華街に行ったり、プリクラを撮ったり、男の話をしたり、学校をさぼって遊びに出かけたり、友達の友達とも仲良くなったり、お酒やたばこを勧められたり、男に騙された話を聞いたり、男女関係ですこし病んでしまった子の話をきいたり、ぼんごは、これまでの自分の世界には登場しなかった「悪い事」を覚えた。合コンにも誘われて行ったらしい。
バイクを持っている子がいて、よくぼんごを乗せてくれた。3人乗りだ。
冷たい風を浴びて自転車よりもずっと早く、大人に混じって道路の真ん中を走る小さなシートに身体を集めて、今この瞬間、誰かがいないと寂しいという気持ちを寄せ合って、彼女らはつるんだ。
友達
ギャルの子どもたちとは普通に友達でいられたが、ぼんごは自分のことをほとんど語らなかった。
学校のこと、腎炎のこと、謎の体調不良のこと等々、そういった現実の問題をさらけ出すことはなかった。
この刹那的な関係は長くは続かないだろうなという予感があったし、たぶん友達も友達でそれに近いものを感じてもいたのだ。
自分は大学には行こうと思っていたが、バイト先の友達は高校を出たら「フリーターになる?」みたいなことを言っていた。
そういう道もあるんだということを知った。
道が違ってもそこに善し悪しはなく、ただそれが交わらないで進むことになるだけ。
そんな風に冷静に自分の立場を客観視させてくれる友達でもあったようだ。
いずれ自分で踏み出して歩いていかなければならない自分自身の道に進む前、いまこの一瞬だけは、あほなことをして笑っている時間が心地よかった。
わずかな期間しか遊ばなかったあほな友達だったけど、印象に残る友達だった。
ぼんごが学校をさぼって悪い事をしている、ぼんごが素行の悪いギャルたちとつるんでいる、ということは何故だか学校でも知れ渡るようになっていたらしい。もちろん、悪い噂として。
それで、学校の友達から手紙をもらったことがあった。
曰く、いつも弱っているぼんごのことを心配している子の気持ちを考えたことがあるのか、みたいなことがまた呪詛のように並んでいた。
これを知って、ぼんごは余計学校にいづらくなった。
放っておいてくれてもいいのに。
私の気持ちを考えたことがあるひとは、いるのか。
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