ぼんごさんと中学校:この短い短い下り坂

ぼんごさんと中学校

ある日ぼんごは小遣いで「花とゆめ」かなんかの少女漫画雑誌を買った。
近所のスーパーにある小さな本売り場の、雑誌やら新聞やらが置いてあるコーナーで。

楽しみにしている漫画があって、自分のお小遣いで買えたことが嬉しくて、早く読みたい気持ちを堪えて内心「うひょー」の心持でちゃりんこに跨った。

一緒についてきた妹分、というかまじの妹を子分のように引き連れて、敵地から宝物でも持ち帰ったかのような勇ましさでちゃりんこをめっちゃ漕いだ。

なんて素敵にサイクリング

家までは自転車で5分かそこら。前かごでは紙袋に入った宝物が揺れている。
後ろから妹ががしゃんがしゃんと音を立てて一生懸命漕いでいる音がしている。

なんでもない日常の一瞬、姉妹二人で自転車に乗って出かけて、こんなにも速く走ることができる日が来るなんて、たまごの日々からは考えられないことなのかもしれなかった。

そんな感慨すらも覚えない普通の日常を取り戻しているかもしれないと、このときのぼんごは気づくはずもなかった。ただ早く家に帰って早く「なんて素敵にジャパネスク」を読みふけりたい気持ちがぼんごを突き動かしていた。

サイクリングに丁度いい道で、道端に背の低い草花が生い茂っていて、ちゃりんこの二人を見守っていた。
二人は家までの5分をさらに短縮するべく、生き急ぐ生命のパワーの塊のような勢いでペダルをこいだ。
花とゆめが、かごでガタガタ浮き始めた。

この坂をくだればもう家までほんの少し。
なんて素敵なサイクリングなんだ・・・!

直後、ぼんごのちゃりんこは石に乗り上げてひどい音を立ててひっくり返った。
ぼんごはろくに受け身も取れず、右のひじあたりから思い切り砂利の坂道に転び落ちた。

ひどい衝撃だった。しばらく起き上がれず、リアルに石に漱ぐかというほど地面とキスをした。

あいたたた。
立ち上がってみると、手のひらやひざのあたりに切り傷があってじんじん痛んだ。ああ、お母さんに怒られるなあ、服も汚したなきっと。左手でぽんぽんと服を払ったりしてみる。
何か所かケガしたみたいだけど立ち上がれるし大丈夫かな。歩けそうだし家もすぐだし、大したことなさそうだな。さ、花とゆめを探そう・・・。

ときょろきょろし始めると妹が声をあげた。

「う、う、ぅおねえちゃあああああーーーーーああああん!」
「ん?」
「右手が!」
「ん?」

おや右手が動かない。
見れば、肘のあたりがぱっくり割れて血が流れている。
クレアチニン多めの悩ましい血液がぽたぽたと地面に流れ落ちているではないか!

いざ病院

「おかぁさんを呼んでくるからお姉ちゃんここで待っててー!」
と妹がすっ飛んで家に戻った。

右肘は痛いかと思いきや痛くない。
他の部分の擦り傷のほうが気になった。
それでぼんごは血を流しながらしばらくその場に立っていた。

予想通り血相を変えてお母さんが登場。

「あんたなにやってんの!大丈夫なのぉ!」
「ああもうなんだってこんなことに」
「あんたが自転車でふざけるからでしょ!」
「あんまり速く走っちゃだめって言ったでしょ!」

みたいな、心配というかお母さんのお気持ちを胸いっぱいにあびて、ぼんごは押し黙った。
ぼんごの身体を触ったり怪我の様子を確かめたり、お母さんはせわしく動いた。
その間も血がぼたりぼたり。

右肘の出血の量に気づいて、お母さんは青ざめ、そして狂った。
「ああぁあr@うあwるおhー!」
「血が出てるじゃないのぉーーーーーーーー!」

早送りでも見ているかのようになんだかせわしく動いて回って、とにかくいったん家に帰ることになった。お母さんは自転車を抱えて小走りに、ぼんごはとぼとぼと歩いて、家に帰った。
花とゆめはたぶんそのへんの草むらで誰にも読まれず朽ちてゆくのだろう。

お母さんの狂いようは尋常でなく、普段からせっかちで焦り気味なのに、この時はこの世の終わりがもう玄関まで上がってきてるってくらいにめちゃくちゃに狂っていたらしい。

それもそのはず、ぼんごはこのときまだワーファリンを服用していた。
ワーファリンは血液を固まりにくくする薬で、腎炎の治療にも用いられる。血液が流れやすくなるので、怪我をしたときなどに血が固まりにくくもなり、止血しづらくなるのだ。

このままではぼんごが死んでしまう、くらいのことをお母さんは思った。顔面を蒼白にして冷や汗をかいて焦った。

しかしどうすることもできず何をしていいかもわからず混乱が先に来てしまい、消毒もなしに、石ころがめりこんだままの子どもの肘にティッシュを何枚もあてがって傷をふさぎ、その上からタオルでぐるぐると、巻きに巻いた。

そのままぼんごと連れ立って、駅に向かった。
電車で数駅先の、腎炎でかかっている病院に行くつもりだった。近所の整形外科とか、どこでもいいからクリニックとか、そういった考えはとんで行ってしまったらしかった。お母さんにとってぼんごの異常は腎臓に直結していて、パニックのあまりかかりつけの総合病院へ行くこと以外に思いつくことができなくなってしまった。

ぼんごはタオルから血をぼたぼた垂らしたままいつもの電車に乗った。
席についていたおばさんが親子の様子をみてぎょっと驚いていたらしい。

あんたたちここに座りなさいと優しく声をかけてもらったが、いえいえ結構ですすぐ降りますから、と余計なことを拒絶するかのように断って、数駅を立って乗った。乗客にじろじろ見られてぼんごは恥ずかしかった。

病院につくと順番をとばして診察してもらえた。

タオルをほどいて、こびりついたティッシュをちょっとずつはがして、まだ石ころのついたままの傷口を水で流し、ようやくここで消毒をすることができたのだった。

幸い、出血のわりにそこまでひどい怪我でもなかったので、しっかり止血をしてもらってちゃんと包帯を巻いてもらって、この日のうちに家に帰ることができた。家についたあと、結局また叱られたのはご想像の通り。

この日は、自分が怪我をしたことの衝撃より、お母さんが狂って見えたことが衝撃だった。
当時はなすがままに従うしかなかったが、消毒したり止血したりは冷静になれば家でもできる。病院も近所の病院だって応急処置くらいしてくれる。救急車を呼んでもいいしタクシーを使ってもいいし。

ワーファリンを服用される場合は、怪我をしたとしても冷静になろう。
近所のクリニックに応急処置をしてもらうのが良かったのかな。
看護師さんでもない限りそんな余裕はないか・・・。

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