ぼんごさんと中学校:記憶にございません

ぼんごさんと中学校

卒業式のことは記憶にないらしい。
だが、卒業式の後の出来事はよく覚えている。

記憶をポイする

人間は思い出とともに生きる。
それと同じくらい忘れながら生きる。

記憶するのも忘れるのも人間のなせるわざで、努力すれば意図的に覚えていたり忘れたりすることができる。

ぼんごさんは忘れたい派の人で、嫌だと思う記憶は積極的に排除するように生きてきた。
なんとなく想像するに幼いころからきついことが多かったのだろう。

野風増
野風増

忘れてしまいたい事や

どうしようもない寂しさに包まれた時に

河島英五『酒と泪と男と女』より

作曲:河島英五

詞:河島英五

ぼんごは酒を飲むのでしょう・・・じゃなくて、そういった時は、それらの嫌な記憶と自分を切り離すことを考えて過ごしたらしい。

嫌な記憶に縛られたり、自分がそうやって存在していたことを思い出したりする状況をできるだけ遠ざけることが大切なことのようなのだ。

それも一種の壁で、布を思いっきりすーはーしたり、生々刹那主義で手の届く範囲のことを頑張ったり、荒っぽい音楽で外界の刺激をシャットアウトしたりして自分の現在地に集中し、嫌な記憶を壁の向こうにポイすれば、それ以降はつらい思いやみじめな思いをしなくて済んだ。

普通の難しさを嫌というほど味わった中学生活もいつしか忘れたい記憶に変わってしまっていたから、ぼんごにはこれをポイする儀式が必要になっていた。

火遊び

受験も卒業式も終わって、何にも属さない束の間の自由をぼんごは楽しんでいた。

そこで、中学生活を総括するために、自分の部屋に溜め込んでいた中学3年間ぶんのテストの回答用紙が詰まった段ボールを意気揚々と持ち出して、近所の、人気のない広い場所へ運んだ。幼馴染の友達も一緒で、その子も段ボールを抱えてやってきた。

ふたりは段ボールをさかさまにすると、かつて自分たちが書き落とした勉強への忠誠心を、砂利交じりの土のうえにパラシュート部隊のごとく展開した。

地上に降り立ったそれぞれの部隊を、離れすぎないように均整のとれた山の形にしっかりと配置し、それができると二人は屈みこんで山の奥深くに銀色の物体を装填した。
芋だ。アルミホイルにくるまれたサツマイモだ。

そしてふたりは・・・

D.I.J.
D.I.J.

息をひそめゆっくり火をつけて

何かとっても悪い事がしたい

BLANKEY JET CITY『D.I.J.のピストル』より

作曲:浅井健一

詞:浅井健一

とばかりにテストに火をつけた。

最初はわずかに、そのうちはっきりと、紙が焦げる臭いがして、ちりちりと紙が燃える音もして、中学生活でいつしか嫌な記憶に成り下がってしまった勉強、のその象徴が今まさに形を変えて無くなってゆく。かつての忠誠心が空気になって大自然に還ってゆく。

紙の端っこに見える点数。こんなにいい点なのにね、評価が下げられるなんて先生という存在は信用ならん。受験も終わったし、嫌な学校に行かなくていいし、ああなんて自由は素晴らしいのだろう。心の中でぼんごはたぶん学校も燃やしていた。

文字通り吹けば飛ぶような、燃え果てて灰と化したテストたちを確認し、ぼんごの中学校生活は終わった。
色即是空、空即是色。
あーすっきり、焼き芋でも食べようぜ。

手を伸ばすとあほみたいに熱かった。
ふーふーしながら爪の先で黒くなったアルミホイルを「あっつ!」「あちい!」と笑いながらようやっと開けて食べた芋。

その芋の味、もとくに記憶にないらしい。

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