目が覚めて、また朝が来たことを知った。
朝ご飯は食べず、とりあえず制服に着替えて、家を出た。
駅で発作
駅について、体調の異変を感じた。
見えない敵が襲ってきたのだった。
腹痛、気持ち悪さ、めまいが来る。
ああまたか、とぼんごは悟る。
何かを考えて過ごす余裕がない。
学校のこと、成績のこと、友達のこと、両親のこと、バイトのこと・・・。
あとでいい、全部あとにしてくれ!
そういったことはすべて特急電車にはねられて遠くへ行ってほしい。
めまいがひどい、両足で身体を支えられない気がする。
その辺のベンチに座って足を4本増やした。
そして、駅のベンチと一体化した。
電車が何本も何本も自分を置いて行って、何分なのか何時間なのかわからない時間を過ごす。
ぼんごにとって、パニック発作に対峙する唯一の方法は、ただ「耐えること」だった。
だいぶ時間が過ぎてから。
次第に呼吸が戻るのを感じた。
鼓動が速いのも感じた。汗がひどいことにも気づいた。
薄目をあけて、ホームの床が若干の揺れぐらいに収まっているのを感じる。
また目を閉じる。
こんな風にしてパニック発作をやりすごし、全身に脱力感を覚えて、それから家に帰るのだった。
この状態から、とてもじゃないが登校する気にはなれなかった。
悲しい
家族のいない家に戻って、寝床に横になる。
わけのわからない体調の変化が恐ろしかった。
わけがわからず涙も出てきて、ぼんごはそれを布に吸わせた。
静まり返った家の寝床で、ぼんごはひとり過ごした。
昔は、帰りたいと願ってやまなかった家。
いまは入院する必要もほぼなく、ずっと家にいられるというのに、ぼんごはひとり、また布を吸って眠るしかなかった。
人知れずぼんごが何か大変なものと戦っているということを、世の中の誰も、知ることは無かった。ぼんご自身もよくわかっていなかった。得体のしれない何かにつきまとわれているということだけを切実に感じていた。
ぼんごは悲しくて、よく泣くようになった。
でも何が悲しいのかわからない。
なんで自分はこんなことになっている、と客観的に整理することもままならず、ただ何かに怯えていた。
表面的には発作を恐れていたが、慢性腎炎を抱えながら普通を生きることの想像以上の困難が見えない敵となって随所に現れてぼんごを襲ってきていたのではないかと、僕はぼんやり考える。
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