ぼんごさんと小学校:スチームたわし事件

腎炎

理科の授業にて。

磁力の勉強で、方位磁石を作ってみようという取り組みがあった。
ストローの中にスチールウールをねじこんで棒状の金属を模して、磁石を近づけると磁気を帯びる。
これを地磁気に反応させて方角を知るという授業だった。
ぼんごさん、入院から戻ってそんなに月日が経たない状態でこのへんの授業を迎えた。

スチールウール/金たわし

次の理科の授業までに、各自でスチールウールを持ってくるということになっていた。

ぼんごさんはスチールウールが良くわからなかったが、みんな「金たわし」みたいなことを言っていたので、ああなるほど、金属のたわしかあと想像して、台所で見かけたような気がしないでもない小さな金属のもじゃもじゃを頭に思い浮かべながらお家へ帰った。

「おかあさん、理科の授業で金たわしがいるんだけど、あるかなあ」
台所にいたおかあさん、金たわしという言葉を聞いて、金たわしをぼんごさんに差し出した。

ぼんごさん、お母さんから大切そうに、鍋のコゲとかを落とす大きめのステンレスたわしを手に入れた。

ほどけないたわし

次の理科の授業になって、さあ方位磁石を作ろうという段になった。
みんなスチールウールをとりだして、金属のもじゃもじゃを手でほぐして解き、ストローの中にぎゅうぎゅうと詰め始めた。

うむ、自分も金たわしをほどこう。
と小手先でもじょもじょやり始めるも、ぼんごさんの金たわしは全くほどけてゆかない。

あれれ、なんか違うなあ。
みんながやるようにほどけない。そもそも金属の太さや色が、私のだけ全然違う。なんだか違うものじゃないかしら、これは。
あたりを見回すと、どうやらぼんごさんだけが違うものを持っている。みんなのやつはもっと色の黒い、細い繊維状のやつだ!

そう気づいたぼんごさん、言いようもなく恥ずかしくなってしまった。
自分だけ話を理解していなかったみたいな、みんなが当たり前のようにわかることを間違えてしまったような。取り残されたような気持になって寂しさを思った。

「せ、先生」
と細い声で呼びかけて、手のひらに隠すようにしていた金たわしを先生に相談した。
先生は予備の細い金属のスチールウールをぼんごさんに渡した。

恥ずかしい気持ち

スチールウールを知らないなんて自分は無知で馬鹿だとぼんごさんは思った。
みんな知っているのに自分だけ知らないなんて恥ずかしい。ああやだ。と顔を赤くした。

ちょっと違ったものを持ってきただけで、たいしたことないのでは、とぼくは思った。話を聞いている限りだれも注目もしていなかったみたいだし。
ぼくなんかむしろ、「なんかおれの違う!」って注目を集めたりして笑いに変えたりするかもしれない。その太い金たわしを力ずくで方位磁石に加工する挑戦を楽しんだかもしれない。

間違えることは誰にでもおこる。
図らずもみんなと違う状態となることもある。

しかし、こういう場合のぼんごさん、自分が周囲と違うということを笑ってやり過ごすことが難しかった。
ミスをしたと落ち込み、自己嫌悪に陥り、身体が緊張し、じっとりと汗をかいた。

自分と周囲が違うということは、自分は普通に馴染めていないと烙印を押されるようなものだった。
だから、ちょっとしたことでも周囲の普通と自分が異なっていると、心がざわついた。

そしてそれは、表面上はちょっとした連絡不足や知識不足が原因であったとしても、その現象の奥底のほうには、自分は腎臓が悪く「普通」を過ごすことができていない、それが許されていないからだと、自分自身に原因の一端を見出すことが増えるようになった。

自分は、頑張ってはいるようだけど、普通のひとがわかることがわからないんだ。
こういうとき、わけもなく寂しくなるのだった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました