ぼんごさんの入院生活:ぼんごさんの反乱

腎炎

ある朝、いつものように看護師さんが朝の検診にやってきた。体重、血圧、体温を測る。
いつもなら素直に従うぼんごさんだったが、その朝は理由もなく嫌がって、体重計に乗りたがらなかった。

わがままなぼんご

これといった理由はなかったらしい。かまってほしいとか、優しくしてほしいとか、わがまま言って困らせたいとか、そういった打算的な意図はなかった。理由なき反抗だ。なんか格好いい。

看護師は困って、これは病院の決まりだから乗りなさいとかいうことを言って諭したが、ぼんごさんは抵抗した。
「いやです」
押し問答がはじまる。乗りなさい、お願い乗って、いやです、乗りたくない。

ぼんごさんは決して看護師さんという人間に抵抗していたわけじゃない。なんで自分の意志で自分の行動を決められないのかという単純な意思決定の自由のなさに抵抗していた。 しかしそういう気持ちは他人にはわかりづらいし幼いぼんごさんはそれをどう表現したら良いかわからず、押し問答のあいだに泣き始めてしまった。

病気が自分の一部となって自然と存在していて、それが自分の意志を邪魔していることに対する違和感を、はじめて意識した瞬間だったのかもしれない。なんで自分だけこういう生活をしないといけないのかと、病院を嫌いになっていった。

回診をさぼる

またある昼のこと。
昼は回診があるため、こどもたちはみなベッドのうえで静かに先生たちを待っていないといけなかった。このために入院しているようなもので、先生の言うことを聞いていればそのうち病状が安定してきて家に帰れる日がやってくるかもしれない。回診は大切な時間だったはずだ。

しかし、その日のぼんごさんは理由もなく嫌がった。
回診の時間が近づくとベッドを降りて静かに部屋を抜け出して廊下を歩いてトイレに立てこもった。回診の時間が終わるまでトイレでやり過ごそうと思ったのだ。
いつもの時間が過ぎれば先生たちは次の病室へ行ってしまうはずだ。ぼんごさんは個室の中で早く時間が過ぎるのを祈った。

しかしおそらく、このとき病室あたりは大わらわで、ぼんごちゃんがいない、とちょっとした騒ぎになっていたはずだ。きっと看護師さんも先生に問いただされたりしたに違いない。

やがてぼんごさんは看護師にみつかり、手を引かれて、うなだれて病室へ戻っていった。ぼんごさんの回診ブッチ計画は失敗した。

捕まった宇宙人のように手を引かれて力なく連れられてゆく道すがら「ベッドにいないとだめでしょ!」と怒られてめっちゃ怖かったらしい。
自分の力で考えて行動してトイレまで行けるんだからまあまあこの時の病状は安定していたともいえるのかもしれないけれど。

ナースステーションにて

ある夜には、ぼんごさんはナースステーションに誰もいないことに気づいた。
ナースステーションには、看護師さんに遊んでほしくてちょこちょこ出入りしていたが、この日はみんな出払っていて静かだった。ぼんごさんはちょっと寂しくなって、誰か戻ってこないかなと少し待ってみた。

椅子に座ったり机の上を眺めたり、ナースステーションの中をしばらく物色しているうち、棚に自分の入院記録が置かれていることに気がついた。自分のだからいいよねって、ぼんごさんはファイルを開いた。何だかよくわからない内容が続いたが、読めるところだけ読んでいった。 すると、ぼんごさんにも身に覚えのある文章がみつかった。

〇月×日
今日はぼんごちゃんが朝の検診で体重計に乗りたくないとごねた。「なんでこんなのに乗らないといけないの私ばっかり!」と泣きじゃくった。

ぼんごさんはそれを見つけてショックだった。

確かにだだをこねて泣きじゃくった、けど、それはあの日の看護師さんだけが知っていることじゃなかったんだ。私はいろんな人に見はられているんだ、と嫌な気持ちになった。わがままを言ったりだだをこねたり甘えたりすることは病院の人みんなが知っていることなんだって、そういうことはここではぜったいに許されないことなんだなって寂しくなった。今日くらい体重計に乗らなくてもいいよって言ってもらいたかっただけなのに。

理由なき反抗、そうかもしれない。理由などなかった。ただ甘えたかったのだ。 ぼんごさんは人知れず、そういうさみしい闘病生活を過ごしてきていた。がんばったな。

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