ぼんごさんと腎臓 -制限-

ぼんごさんと腎臓

小学校の高学年になるまで、ぼんごさんの腎臓は悪くなったり落ち着いたり、一進一退だった。
入院している時期が一年に何回かあって、それ以外の時は家にいて学校に通うこともあった。

本当に幸いなことに、ぎりぎりのところでぼんごさんの腎臓は耐えることができていた。
腎炎の進行が緩やかだったことは、病院の先生や看護師の方々、そしてお母さんの看病のおかげだった部分が大きい。ぼんごさんも、周囲の大人の言いつけを素直に聞いた。

腎臓を守る壁

言いつけのほとんどはぼんごさんの行動を制限するものだった。
病院にいても家にいても何かにつけて制限がついて回った。

「病室から出てはだめ、ベッドから出てはだめ」
「あれはしちゃだめ、これにしなさい」
「あれは食べちゃだめ、これを食べなさい」
「家に帰ってはだめ」
「その遊びはだめ、これにしなさい」
「あそこに行ってはだめ、家にいなさい」

それらの言葉は見えない壁となってぼんごさんの生活のいたるところに現れた。
越えてはいけない、腎臓を守るための壁だった。

運動はだめ、体育は見学、体力を使う遊びはだめ、遠出はだめ、プールはだめ、海はだめ、山はだめ、マラソンはだめ、お出かけはだめ、遊園地はだめ、野原を駆け回るのはだめ、甘いものはだめ、しょっぱいものもだめ、食べすぎはだめ、食べなくてもだめ、寝ないとだめ、寝てばかりでもだめ・・・。

自由を阻む壁

成長するにつれて、ぼんごさんは、友達が普通にしていることで自分にはできないことがあることを意識するようになった。そして、その出来ないことが沢山あることに気づいた。

みんなが普通に出来ることが自分にはできない。
やってみたいことがあるのに、やる前から禁じられてばかりで、自分はそれをやる資格がない人間なのかもしれないと思うことが増えた。

みんなと同じ普通を生きようとしても、だめなことがそこら中に壁のように存在していて、その壁がみんなとぼんごさんの間を隔ててしまっているように感じることが増えた。

腎臓の容態が落ち着けば落ち着くほど自由が増えて、そのぶん自由を阻む壁にぶち当たる機会も増えた。
何が壁なのかもわからない、普通に歩いていたら見えない壁にぶつかるようなものだった。
そういった壁にぶつかるたび、ぼんごさんの心はざわついた。

病院や家を離れて普通に生活をするとき、自分の自由を阻む壁とどう向き合うか。
このことをぼんごさんが自分自身で学ばないといけない時期がやってきていた。

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