ある時、なくなった古い歯磨き粉に変わって新しい歯磨き粉がやってきた。夕飯時に面会に来ていたお母さんが取り替えてくれたのだ。ぼんごさんはもっしゃもっしゃと、いろいろと薄い夕飯を無心で胃に押し込んだ。
夕飯も終わってあとは今日も歯を磨いて寝るだけ。
ぼんごさんの一日も終わろうとしていた。
新しい歯磨き粉
いつものように部屋の隅の洗面台で歯磨きを始めたぼんごさん。
新しい歯磨き粉を歯ブラシにつけて口に入れ、うにうにと歯を磨き始めた。
すると、いつもと違った感覚をおぼえた。
あれ、なんか甘いかも・・・。なんだろうこれは。
異変を感じながらもぼんごさん、ぺっぺとうがいをしてベッドの上にもどってきた。
そしてまた、ぼーっと治療時間を過ごした。
あとは寝るだけというとき、なんとなくさっきの歯磨き粉のことを考えた。
さっきのあれ、甘かったな。なんなんだろう。気になってしょうがない。
ぼんごさんはむくりと起き上がって洗面所によろよろと近寄って歯磨き粉を手にした。そして、すこしだけ舐めた。
いちご味
今度ははっきりと脳内に甘い衝撃が炸裂した。甘いぞ!
お母さんが買ってきてくれたのは子供用の味付きの歯磨き粉いちご味だったのだ。
普段の食生活で塩気や甘みを全く避けていたぼんごさん、このいちご味の歯磨き粉が衝撃だった。ちょっとくらいいいかなって少し出して、ぺろっと舐め始めた。甘くてとてもおいしかった。
電気が消えて静まり返った病室の中、ぼんごさんはひとりベッドの上で横になって、歯磨き粉をにぎりしめ、遠慮しながらもぺろり、またぺろりと夢中で舐めた。歯磨き粉はいちごジャムのような甘くて優しい味をしていて、自分の生活の中にはない、しあわせな味をしていた。そして夜が更けるころ、チューブひとつぶんをまるまる食べきってしまった。
ああ美味しかった! ぼんごさんはベッドの上でひとり、満足した。
でもこれ、歯磨き粉だよね、食べちゃいけないものだったのかな・・・と後悔もした。
それでもひさしぶりに楽しい気持ちいっぱいで眠りについた。
翌日、お母さんか看護師さんかが来て、歯磨き粉が一晩でなくなってしまっていることに驚いた。
それ以降、いちご味の歯磨き粉はやってこなかった。
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