ぼんごさんと高校:動悸(パニック障害)

パニック障害

胸の高鳴りを感じる、胸がドキドキする、なんて言葉がある。

いずれも、心地よく鼓動が高まっている状態のこと。
楽しいこと、嬉しいこと、または武者震いするようなことが眼前に起きていて、心臓の動きがそれらの事柄によって活発になっている、良い状態なのだと思う。

いっぽうで「動悸」というものも胸がドキドキすると表現されたりする。
ただ、動悸と表現される時は異常に心臓の拍動を感じている状態で、嬉しい楽しい大好きから遠く離れて、何か良からぬことがやってくる合図のようなものだ。

ドキドキは100くらい?

鼓動について、ぼんごさん、普段は特に気になることはない。

のだが、ほんのわずか、意識もしないような何事か、例えば、町中の電飾がちかちかして目にうるさかったとか、大きな音を聞いたとか、気になる一言を言われたとか、人混みでちょっと疲れたとか、そういったきっかけとともに身体の調子は悪い方へスピードをあげてゆき、そのペースメーカーとなるのが動悸、という感じなのだ。

最初は静かに、次第に大きく。
鼓動の激しさは、ほかの恐ろしい症状を引き連れてやってくる敵軍の軍楽隊の太鼓のよう。

ぞろぞろとやってきたほかの症状を意識する頃には心臓が破裂するかと思うほどに強く激しく胸をゆさぶっていて、なにか一定のリズムによって変調を指揮している司令塔のようでもあり、ドキドキ、という表現では収まらないほど、引き連れてきた軍隊に四方八方から囲まれて、もう生き延びられないと思わせるような攻撃を必死に防いで戦っているときのような、激しい拍動となってしまっているのだ。
※そんな経験ないですが、イメージです。

ぼんごさんの感覚では、発作の時は脈拍数100は超えているらしい。
低く見積もっても100は超えている、ということだ。

成人の通常の脈拍数は60~80くらいとも言われていて、100というのは軽めの、もう少し続けられると感じられるくらいの心地よい運動をしている程度の値だそう。ちょっと呼吸が大きくなってくるくらいか。

100くらいで収まってくればよいが、発作が続けばさらに上がる。
120を超えるころには、普通の人でもめまいとかふらつき、失神のようなことが起こり得るそうな。

100を超えると?

発作の程度は脈拍数に比例している。

脈拍数があがってしまうとぼんご曰く苦しさもやってきて、呼吸がうまくできていない気がしてきて、吸う呼吸が多くなって息苦しさにもつながってゆくらしい。
※脈の速さと苦しさには個人差もあると思いますのであくまでもぼんごの話です。

はて数字で言われても実感がない。
が脈拍と呼吸や苦しさの関連は脈を計れれば自分でも体験できるかも、と思い立って、計ってみた。

机に向かってキーボードを打った直後のぼく79。
それなりに気を張っていたのか、高めな気がする。
※横になって将棋中継を眺めていたぼんご68。

5分くらいか、部屋の中をそれなりに早く動き回った直後のぼく120。
まあまあ呼吸が大きい。苦しさも感じるが、まだいける感じ。限界は遠い。コントロールはできるかな。
※病院で脈を計るときはいつもぼんごはこんなもんらしい。

さらに5分くらいか、腹筋やプランクもいれて筋トレも追加したぼく135。
きつい。もうすぐやめよう、と思うくらい。鼓動が速い、胸のあたりが熱くなっているのが自分でもはっきりとわかる。この状態を長く続けることはできないと感じる。

脈が高くなるのと呼吸のつらさは比例するが正比例じゃなく急カーブみたいな関係のよう。
ぼくにとって135からさらに5くらい上がる状態となったら、運動負荷も結構上がっていると感じる。
早く終わってくれと思う、苦手な短距離走みたいな感じかしら。

脈拍もドキドキのレベルを超えてくると、不安や心配に変わってくる。
これといった運動負荷がないのに140とかなったら、身体の異常を疑い始めるよなあと思った。おそらく発作の時も、身体の変調に不安を覚えるくらいの脈拍になっているはずなのだが、発作の時に脈を計るなんてことはできるはずなく、具体的にいくつまで上昇しているかはわからない。発作の時はただただ、自分の中の異常なリズムに身を任せるしかなかった。

ご参考までにBPM140(BPM=1分間に打たれる、音楽の拍の数。曲の速さを表す)の曲はこんな感じです。
この速さを脈拍と考えるとかなり激しい。

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