ぼんごさんと小学校:魂の電車

腎炎

成長するにつれて、学校に通う時間も増えてきていた。
相変わらず腎炎は一進一退であったけど、ここまですでに闘病歴10年選手のぼんごさん、腎炎を抱えた生活に慣れてきてもいて、それまでは自分の居場所と言えば病院に家と、ベッドを中心とした生活だったところに、学校という普通に子供が所属する場所にいる時間も多くなってきていた。

正しいレール

クラスメイトの子どもたちと同じく、ぼんごさんもとても素直な子どもだった。

学校は自分に色々と勉強を教えてくれるところで、学校の先生は正しさのど真ん中にいて、成績が良い子は良い子で、ふざけてばかりいる子は悪い子で、優しい子は良い子で、怒ってばかりいる子は悪い子で、真面目な子は良い子で、不真面目な子は悪い子でと、学校の価値観を素直に学び取っていた。

同時に、そこにはレールのようなものがあり、先生を中心とした価値観の一連の集合に従って行動することが正しいことであり、そうしないと正しい人間にはなれないのだとも感じ取ったらしい。先生が敷くレールに乗っかっていることがとても大切なことで、自分もそれにしがみついてゆかないといけないということも学んだ。

ぼんごさんにとって、そのレールの途中に普通にやってくる難所は、普通の子どもよりも厳しめに設定されていた。
そういった難所を迎えたとき、自分にはそれは出来ないと諦めて、自分は病気だから特別扱いしてもらえばいいと、レールを降りることもできたかもしれないけれど、根がくそ真面目なぼんごさん、このレールにしがみついて走っていきたいと心から思った。

曲がったレール

クラスメイトの子どもたちと同じく、ぼんごさんも自分なりの感受性を持った子どもだった。

学校生活の時間が増えるにつれて、ぼんごさんは、学校はとくに自分が居たい場所ではないと考えるようになっていた。学校にいる時間が増えたものの、依然として病院と家を中心とした暮らしだったから、学校は、来られればそれで十分となっている場所で、できれば早いところ学校の用事を終えて、家に帰ってを吸っていたかった。

学校にいて楽しいこともあるけど、優等生のように無理をして振舞うのはやはり体力的に辛く、授業中に体調を崩してクラスメイトと別の時間を過ごしたり、体育や行事を見学したり、催し物に参加しなかったり、クラスの話題についていけなかったりといったことが少なくなかったから、自分は学校生活を満足にこなすことができないと、自分の場所はここではないと、学校への帰属意識が高くない状況になった。

学校では正しいレールに乗るべき、それはわかる。
でも、自分に用意されたレールは折れ曲がった難しいレール。

一生懸命やっているつもりではあるけれど、出来ないこともたくさんあるんだ。
みんなが普通にできることが自分にはできない。

みんなと同じスピードでこのレールにしがみついていたいけれど、なんて自分のレールはぐにゃぐにゃに曲がって進みにくいものなのだろう。

学校生活で起こる出来事のうち、なんでもない、ほんの些細な事にも、自分と他人の差を感じて、この手の生きづらさを意識する瞬間が増えていった時期だった。

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