腎臓の先生は優しい先生ばかりだった。
先生の記憶
先生にいやなことを言われたりされたりした記憶はないし、ぼんごさんも反抗的になったりすることはなかった。
どの先生も優しく諭すようにぼんごさんに話をしてくれていた。
いまにして思えば、それはぼんごさんが、入院する子供が病院や医師を怖がったり嫌がったりすることがないように工夫されたことだったのだと思う。
だいたい、いやなことは看護師さんから言われた。
看護師さんは良くも悪くも近しい存在で、入院中の約束を破ったりして怒られもしたし、一緒に遊んで楽しい時間を過ごさせてくれたりもした。
しかしお医者さんの先生はと言えばぼんごさんを怒ることはなかったし、ぼんごさんも先生に甘えるようなことはなかった。だから少し遠い存在に思えたらしく、入院中の先生の記憶はあまりないようだ。
言葉にならない
あるときの入院で、退院できるかどうかの判断基準をはかるための検査があった。
検査結果を待ちきれなかったぼんごさん、ナースステーションに出向いて行って、看護師さんとお話をしながら結果を待った。今度の検査結果はきっと良いはずだと心の中で信じて、家に帰れる日が近いことを楽しみにしていた。
待っていると主治医の先生がやってきて、ぼんごさんの目線にしゃがんで、優しく語りかけた。
今回は検査結果が悪いから退院できないということだった。
つまらない病院からようやく帰れると思って疑わなかったぼんごさん、先生のその言葉を聞いて、しずかに涙をこぼした。言いようもない想いが目からあふれ出てしまった。家に帰れないのは悲しいことだった。家には病院と違って、多少なりとも自由があったから。
入院している間、わがままを言うとか、先生や看護師さんに怒られるようなこととかはできるだけしなくて良い子にして過ごしていたのに、どうして自分はただお家にいることもできないのか、どうして自分はこんな思いをしなければならないのかと空しく、やりきれない気持ちになった。
言いたいことが沢山あって、先生にどうしたらこの気持ちを伝えればいいのかもわからず、胸の中にいろいろなことが渦巻いているけれど、それでも誰かにあたるでもなく、泣きわめいても現実が変わるわけもないことをひそかに理解もしていて、ただただ寂しくて、ぼんごさんはしずかに泣くばかりだった。
ぼんごさんはしばらく無言で泣いていた。
先生は困ってしまって「ぼんごちゃん、ごめんね」と声をかけた。
先生が悪いわけじゃないのに、先生を困らせちゃって、先生に悪いなってぼんごさんは思った。
そして余計悲しくなって、もう少し泣いた。
家に帰れたのはそこからおよそひと月後のことだった。
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