ぼんごさんは音楽の授業が好きだった。
とくに歌の授業が好きだった。
病院ではよく世界の民謡とかクラシックの音楽のテープを聞いてたし、童謡の本を穴が開くまで読んでいたから、歌の歌詞を聞いたりメロディを少し聞いたりして、わかる曲が多くあった。そういう時は得意げに鼻息荒いシマウマのように音楽の授業を楽しく過ごした。
ぼんごの叫び
合唱の授業があって、課題の歌を「みんなで元気よく精一杯歌いましょう!」という回があった。
歌うことが大好きだったぼんごさん、ここが私のステージとばかりに気炎を吐いて張り切った。
慣れ親しんだ軽快なピアノのメロディが聞こえてくる。
呼吸を整え大きく息を吸い込んで、ぼんごさんは心の中で静かに、ハートに火をつける。
前奏の間にそれはちろちろと燃え盛ってゆき、出だしからリズムに乗って大爆発を起こした。
ある日 パパとふたりで
童謡『グリーン グリーン』より
作曲:Barry Brian Mcguire, Randy Sparks
詞:片岡 輝
ぼんごさんは先生の指導に忠実に元気に声を張り上げた。
もしかしたら拳も一緒に上げていたかもしれない。
本当にぼくの勝手なイメージで表現しますと、その様子はリトル・リチャードのようであり、ジャニス・ジョプリンのようであり、ロバート・プラントのようであり、ライブのときのデヴィッド・ボウイのようであり、ジョン・ライドンのようであり、バッド・ブレインズのHRのようであり、ブラック・フラッグのヘンリー・ロリンズのようであり、マイナー・スレットのイアン・マッケイのようであり、ジミー・イート・ワールドのジム・アドキンスのようであり・・・それは要するに、周囲に何かただならぬ気配を発散するエモーショナルな力を持っており、まるで聞く人を攻撃するような暴力的な元気さだったのだ。
(いや本当のところは小学生の元気いっぱいで無邪気な可愛い歌声だったはず。)
ぼんごさんは、夢中で小学生のアンセムを力の限り歌い上げると、後奏のあいだも気を抜かず息を整え、曲が終わると額の汗を袖でぬぐった。
そしてようやく大きく息をついて、よしやり切ったと自分をほめた。のどが渇いていた。
なにげない軽口
授業が終わってぼんごさんは廊下を普通に歩いて、音楽室から自分の教室に向かった。
さっきまでの勢いはどこへやら、いつものぼんごさんに戻っていた。
とぼとぼ歩いていると、クラスの子が話しかけてきた。
「ぼんご、さっきの歌なにあれー!」
「めっちゃはりきっちゃってやばい!」
と、褒めているのかからかっているのかわからないようなことを言われた。
そのあとも面白いとかなんなのーとか言って、けたけたと笑われたりした。
ぼんごさん、真面目に歌っていたつもりだったので、笑われるのが意外で急に恥ずかしくなってしまった。
あれ、張り切って歌おうっていう授業じゃなかったんだっけ。先生の言うように張り切って歌ってみたんだけど、何か変だったかしら。
友達がどういうつもりで声をかけてくれたかわからないけど、自分が何かしでかしてしまったのだなあということは理解できた。ああやっちゃった。私、本当はあんな風に歌わないほうが良かったんだきっと。普通はあんな風に歌っちゃいけないんだ、とぼんごさんは思った。
教室についたころにはぼんごさんはすっかり大人しくなっていた。そして椅子に座って考えた。
ああもう、あんな風に歌うのはやめよ。言いつけのように一生懸命やっただけなのにな。
こういう空気のようなものがわからないのも、腎炎のせいで学校にいる時間がすこし少ないからなのかなあと、やり場のない寂しさを感じた日だった。
コメント